タモンズ|大波康平の実家の貧乏エピソード10選~壮絶すぎる…(子供時代)

THE SECOND~漫才トーナメント~2024』グランプリファイナルに出場して知名度を上げた、
「タモンズ」大波康平の実家の貧乏エピソードが壮絶すぎます。

それなので、思わずまとめてみました。

「タモンズ」大波康平の学歴や学生時代のエピソードについてはこちら

目次

タモンズ大波康平プロフィール

タモンズ大波康平
タモンズ情報局X
タモンズ大波康平プロフィール
大波康平(左)
誕生日1982年11月14日
出身地兵庫県神戸市
身長/体重171cm /71kg
趣味/特技趣味:競馬、麻雀、パチンコ、スロット

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード①祖母の年金を頼りに姉と3人暮らし

タモンズ大波実家貧乏エピソード①
両親が蒸発してしまった為、祖母の年金を頼りに姉を3人暮らし

タモンズ大波の母親は、
行方の分からなくなっていた父親を「さがしに行く」と言って、実家を出ていって以来、
それから12年後の、タモンズ大波が中学1年生のときに戻ってきたということです。

ということはつまり、タモンズ大波に母親の記憶はなく、祖母が育ての親だということになりますね。

母親が出ていってしまって、戻ってくるまでの12年間は、祖母の年金を頼りに、姉と3人、貧乏ながら温かく暮らしたということのようです。

おばあちゃん、大変でしたね。本当にすごいです。

母親は12年後に、再婚相手である医者を連れて、帰ってきたということでした。

以来、生活は一変。

貧乏だったのが、豊かな生活を送ることができるようになったということです。

お母さんはある意味、有言実行でしたね。

しかし当のタモンズ大波は、周囲もわりと同じように貧乏であった為に、自分の実家が特別貧乏という認識はなかったと、明かしています。

不幸中幸いといえるでしょうか。

しかし以降のエピソードを知ると、クラスの中では明らかに貧乏だったように思えますが、どうなのでしょうかね。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
②服が学校の体操着のみ

体操着
photoAC 

タモンズ大波実家貧乏エピソード②
服が学校の体操着のみ

タモンズ大波は、貧乏のあまり、衣服はなんと、半袖半ズボンの体操着のみであったといいます。

ですから、学校に登校するときも、体操着でした。

消耗激しかったでしょうね。

夏だけでなく、冬もそれで過ごしたということですから、想像を絶します。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
③「冬は動くな!」

凍える子供
illustAC 

タモンズ大波実家貧乏エピソード③
「冬は動くな!動くから冷気が肌をつんざくんや!」

そんなわけですから、冬に、体を温めてくれる暖房器具はもちろんなかったようです。

そこで、祖母の名言が誕生します。

「冬は動くな!動くから冷気が肌をつんざくんや!」

どれだけ寒かったか、よく伝わってくる名台詞です。

本来、体は動いた方が温まるので、動かすのが正解なのでしょうが、家の中ではさすがにずっとは無理です。

タモンズ大波はもちろんですが、祖母は体調を崩さなかったのか、過ぎ去ったこととはいえ、心配になってしまいますね。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
④寒い日はカーテンを体に巻いて登校

カーテンを体にまきつけて登校する人
illustAC 

タモンズ大波実家貧乏エピソード④
寒い日にカーテンを体に巻いて登校してついたあだ名が「ポンチョ」

こんな調子ですから、タモンズ大波は、冬場がことさら辛かったといいます。

一般的な家庭の子であれば、寒ければ学校に行くのに、コートやらマフラーやら手袋をして向かいます。

が、タモンズ大波の場合、それはできませんから、長袖体操着の上から、半袖体操着を重ね着しました。

それでも寒かったとき、祖母が「これを着ていけ」といって、部屋のカーテンをちぎって、それをポンチョコートのように羽織らせてくれました。

そしてもっと寒いと、さらにレースのカーテンを羽織らせてくれました。

それでクラスでついたあだ名が「ポンチョ」。

本当に、壮絶でしたね。

せめてもの救いは、これらをネタとして生かせる職業についたことでしょうか。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
⑤登山着がなくてついたあだ名が「釣り人」

釣りをする子供
photoAC 

タモンズ大波実家貧乏エピソード⑤
登山着がなくてついたあだ名が「釣り人」

学校の遠足でありがちな登山。

しかしタモンズ大波は、貧乏ですから、登山に適した衣服を用意することはできません。

靴はギリギリ歩けるレベルのもので、鞄はランドセルのみ。

それでどうしたかというと、祖母が「この格好で行って」と言って差し出してくれたのは、ゴムの長靴と、リュック代わりのクーラーボックス。

集合写真を見ると、タモンズ大波だけが山登りなのに海に行く格好をしていた為、あだ名が「釣り人」になったそうです。

時系列的には、「釣り人」→「ポンチョ」で、1年2度、貧乏きっかけであだ名が変わったということでした。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
⑥クリスマスパーティーに広島カープのキャップをかぶって出席

赤いキャップ
Canva

タモンズ大波実家貧乏エピソード⑥
家族参加型のクリスマスパーティーには広島カープのキャップをかぶって出席

そして家族参加型のクリスマスパーティー。

よその家族はクリスマスらしい装いをして参加していたのでしょうが、タモンズ大波一家は貧乏ですから、そうはいきません。

それでどうしたのかというと、赤いものを身に付ければいいという固定観念から、広島カープのキャップをかぶって出席したそうです。

それで、大のカープファンなのだと思われたとのこと。

あだ名は「カープ」にはならなかったのでしょうか。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
⑦「扇風機は絶対に回すな」

扇風機
Canva

タモンズ大波実家貧乏エピソード⑦
「扇風機は絶対に回すな」

タモンズ大波の家には、扇風機がありました。

しかし祖母から、それはお金が掛かるので決して回してはいけないときつく言われており、インテリア化していました。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
⑧隣の家の電源プラグを無断で使用

扇風機で涼む人
Canva

タモンズ大波実家貧乏エピソード⑧
隣の家の電源プラグを無断で使用

しかしある日、そんな扇風機が回っていたことがあったといいます。

タモンズ大波は不思議に思い、扇風機の後ろを覗いてみました。

するとなんと、扇風機の電源コードは、隣の家との境界になっている壁に空いた小さな穴を通って、隣の家のコンセントに繋がっていたというのです。

つまり祖母は、隣の家のコンセントを、無断で使用していたのでした。

当時、タモンズ大波は小学2年生。

子どもながらに、(これはやってはいけないことだ)ということを理解し、祖母に「やめてほしい」と伝えます。

すると祖母は諦めてくれました。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
⑨壁が腐りかけていて崩れる

はがれかかっている壁
illustAC 

タモンズ大波実家貧乏エピソード⑨
隣家との境界の壁が腐りかけていて崩れる

その扇風機事件は、それだけでは終わらず、さらに続きがありました。

祖母が、扇風機をあきらめて、隣の家のコンセントに繋がった電源コードを抜こうとしたそのとき。

電源コードが壁に引っ掛かってしまったので、それを無理やり抜こうと、力任せに引っこ抜きました。

するとあろうことが、壁が崩れてきてしまったのです。

しかし隣の家の住人は、「壁が腐ってきていたならなぁ…」と言うだけで、怒らなかったといいます。

因みに壁が崩れてしまった後は、風通しが良くなって、涼しくなったそうです。

タモンズ大波の実家での貧乏エピソード
⑩ファミコンのコントローラーを段ボールで手作り

タモンズ大波実家貧乏エピソード⑩
ファミコンのコントローラーを段ボールで手作り

当時、ファミコンが流行りましたが、タモンズ大波は家が貧乏なので買ってもらうことはできませんでした。

しかし祖母が、代わりに段ボールでコントローラーを手作りして作ってくれたといいます。

胸打たれるエピソードです。

いかがでしたか。

どれも想像絶する貧乏エピソードばかりでしたよね。

両親がいなかったことは当然辛かったかと思いますが、
しかし特別貧乏という自覚はなかったということや、
おばあちゃんから愛されて育ったことで、すれずに育つことができたのでしょうね。

母親は中学1年生のときに帰って来たということですが、中学生ともなると、さすがにみんな容姿を気にし始めるお年頃になりますから、ポンチョで登校することはなくなって良かったです。

両親ができたことについても、きっとうれしかったでしょうね。

タモンズは、2024年に漫才賞レース「ザ・セカンド」に出場し、準決勝まで進出し、脚光を浴びました。

そのまま、テレビでの活躍する機会が増えれば、またタモンズ大波から仰天するような貧乏エピソードが聞かせてもらえるかもしれません。

そのときを楽しみに待ちたいと思います。

タモンズ大波の現在の実家の様子(実の母親も登場)

70歳になった母親と、
わだかまりない様子で、
過ごしているタモンズ大波。

幼少期には食べることができなかったであろう、
母親の豪勢な手料理を食べて、
幸せそうです。

お母様が本当にお若くてお元気なので、
タモンズ大波さんもうれしいでしょうね。

これからも多くの幸せな時間を共有してもらいたいですね。

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タモンズ大波康平の実家の貧乏エピソード10選【まとめ】

タモンズ
  • 両親が蒸発してしまった為、祖母の年金を頼りに姉を3人暮らし
  • 服が学校の体操着のみ
  • 「冬は動くな!動くから冷気が肌をつんざくんや!」
  • 寒い日にカーテンを体に巻いて登校してついたあだ名が「ポンチョ」
  • 登山着がなくてついたあだ名が「釣り人」
  • 家族参加型のクリスマスパーティーには広島カープのキャップをかぶって出席
  • 「扇風機は絶対に回すな」
  • 隣の家の電源プラグを無断で使用
  • 隣家との境界の壁が腐りかけていて崩れる
  • ファミコンのコントローラーを段ボールで手作り

タモンズ大波の生い立ちが、
想像以上に貧乏で、壮絶でしたね。

お笑い芸人史上一番、貧乏だったのではないでしょうか。

もしかしたら、芸能界一かもしれないですね。

今まで苦労した分、
今後は、貧乏エピソードトークで、笑いをたくさん取っていってもらいたいですね。

今後益々の活躍を楽しみにしています。

参考サイト:
https://note.com/pockymonmi/n/n426012011419
https://www.excite.co.jp/news/article/Real_Live_23434/#google_vignette
https://news.livedoor.com/article/detail/6262782/

タモンズ大波の貧乏エピソードは、2012年放送『踊る!さんま御殿!!』でも語られました。

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